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🍀〜語られた御言葉と証しの分かち合い〜みーこ🍀‪


どんな時も真隣にいる神様


語られた御言葉

「13ちょうどその日、二人の弟子が、エルサレムから六十スタディオン離れたエマオという村へ向かって歩きながら、14この一切の出来事について話し合っていた。15話し合い論じあっていると、イエスご自身が近づいてきて、一緒に歩き始められた。16しかし、二人の目は遮られていて、イエスだとは分からなかった。」(ルカの福音書24章13節~16節)


証し

 私は、就職活動をしている中で、思うように結果が出ずに、神様からの愛がわからなくなってしまうことがありました。これまで積み重ねてきたことに自信が持てなくなり、「本当に社会人になれるのだろうか」と先の見えない不安に襲われました。

 私が志望していた公務員では、筆記試験→面接→合格という流れで進んでいくのですが、優先順位をつける中で、筆記試験に合格して面接まで進んでいたのに受ける事ができなくなってしまったり、大学で学んできた法律を生かしたいという思いから、教養試験のみで実施される地元にある市役所(自分の市以外)は受けていませんでした。その事もあって、8月の最後の試験がもし落ちたら一旦公務員になることを諦めた方がいいのではないか、という崖っぷちの状況(民間は受けていない)に立たされていました。

 でも、自分にできることをするしかないと思った私は、面接の練習を重ね、公務員として働いている先輩からアドバイスをいただき、家族や友達の祈りや励ましの言葉に支えられながら、祈りつつ面接までの日々を過ごしていました。それでも、落ちてしまったときのことを考え、「これまでの努力が無駄になってしまうかもしれない」「祈ってくれている人たちにどう顔向けすればいいのだろう」という不安や孤独感は消えず、一人枕を濡らす夜もありました。

 そんな中で迎えた面接当日(8月13日)の朝、試験会場へ向かう電車の中で、デイリーブレッドというデボーションアプリを開いたとき、エマオへ向かう弟子たちの箇所が与えられました。


ルカの福音書24章13節~16節

「ちょうどその日、二人の弟子が、エルサレムから六十スタディオン離れたエマオという村へ向かって歩きながら、この一切の出来事について話し合っていた。話し合い論じあっていると、イエスご自身が近づいてきて、一緒に歩き始められた。しかし、二人の目は遮られていて、イエスだとは分からなかった。」


 復活したイエス様が二人の弟子に近づき、隣で歩きながら語り合っていたにもかかわらず、弟子たちはそれがイエス様だと気づきませんでした。その箇所を読んだとき、弟子たちと自分の姿が重なり、はっとさせられました。それまで私は自分自身に目を向けて不安になったり、祈っている時も、天におられる神様に向かって手を合わせて祈っていました。でも、神様は遠くにおられるのではなく、どんなときも、私の真隣にいて、共に歩んでくださっているのだと気づかされました。その瞬間、心が一気に平安で満たされました。そして、「たとえ試験に落ちたとしても、神様が隣にいてくださるなら、もう怖いものはない」とも思うことができました。

 これまでの面接では、緊張でがちがちになり、終わった後に一人家で反省会をするまでがセットでしたが、その日の面接では、頭の中で自分の隣に一つ席を用意し、そこに神様が座っておられるとイメージしながら臨みました(笑)

 すると不思議と平安に包まれ、今までで一番自然な笑顔で、等身大の自分で、面接に臨むことができました。また、当日の朝に公務員として働いているKGKの先輩が送ってくれた集団討論のアドバイスを生かすこともでき、感謝でした。(後でその先輩からその日に私が面接を受けることを知らなかったと聞き、神様の導きを感じました)神様が隣におられることからくる平安は計り知れないのだと心から思わされた出来事でした。面接が終わった後も、結果を知らされるまでの間、どっちに転んでも怖いものはない、とそこまで不安にならなかったことを今でも覚えています。


 そして夏期学校の最中に、合格の電話が届きました。結果を聞いたときは本当に嬉しく、今まで祈ってくれた周りの人たちや神様への感謝、そして「自分は神様に愛されていたんだ」という思いで胸がいっぱいになりました。でも、夏期学校でのみんなとの交わりや、「神様は私たちを愛することをやめられないのだ」という講師のメッセージを聞く中で、就職活動の中で思うような結果がでなかった時も、その事がきっかけで祈ることをやめてしまっていた時も、神様に対して怒りをぶつけていた時も、そしてたとえ就職先が決まらなかったとしても、神様はずっと私を愛していたのだと、無条件の愛の大きさに改めて気付かされました。

 今思い返してみれば、洗礼を受けていいのかわからなくなった時も、春期学校の準備委員長をする中で無力感に襲われた時も、就活や人間関係の中で、自分の存在が否定されたように感じた時も、神様は何度も御言葉を通して語りかけ、連れ戻し、存在そのものを愛し、用いてくださいました。


 話は変わりますが、私は四月から神様が導いてくださった職場で社会人として、働くことになりました。思うようにいかなかったり、周りと比べて劣等感を感じて落ち込んだり、もしかしたら自分の存在価値がわからなくなってしまったりすることがあるかもしれません。でもどんな時でも、神様が真隣におられ、私の存在そのものを愛してくださっている、そのことを忘れずに、これからも一歩ずつ歩んでいきたいです。

 
 
 

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